「もし、あなたにとって一番大切な人が死んでしまったら・・・それも、あなたの目の前で悲惨な事故に・・・」
その時の記憶は一生、無くならないはずです。反復などしなくても、覚えようとしなくても、忘れたくても忘れることは出来ません。
人生で一番「楽しかった」思い出や「恥をかいた」思い出、「悔しかった」思い出、「苦しかった」思い出。
一生忘れないような経験には必ず、強い「感情」が伴っています。
この「感情」を学習に取り入れることが出来たら、どんなに最強の勉強法になるでしょうか・・・。
これらの「感情」を引き起こすには、人と人とが関わらなければいけません。
競い合ったり、学び合いを通していろいろな「感情」を感じながら、学習をすればその機会は圧倒的に増えます。「好きな子に勉強を教えたり、教えてもらったり」「勉強を教えている時に間違えて大恥をかいたり、それを見ていたり」「ライバルに勝ったり、負けたり」これらの経験が様々な「感情」を生み、記憶と強く結びつくのです。
仲間同士の切磋琢磨や助け合いを学習に取り入れることは健やかな人間の成長で欠かす事が出来ないものだと僕は考えています。
それだけではありません。日本の教育の期間は小学校から大学までを考えると16年間ととてつもなく長いのです。
とんでもない長距離マラソンです。
1人で走っていては、楽しくもないでしょう。一緒に走る仲間がいてこそ、最後まで走り切れるのです。
しかし、この「感情」を利用した学習には大きな問題をかかえているのです。
あなたが一生忘れられない思い出、長い人生の中でどれほどの記憶の量でしょうか?
「感情」と結びついている記憶なんてそれほど多くないはずです。
ましてや16年もの学生時代を過ごしているにも関わらず「感情」と勉強の内容が結びついている記憶なんてほぼ0に近いのではないかと思います。学生時代に覚えなければならない情報の量とは比べようもないほどに少ないはずです。
実際は情報を記憶するという面において仲間と一緒に学習することはマイナスの面のほうが大きくなることを理解してもらいたいのです。仲の良い友達と勉強をすると、ついつい関係のない話してしまったり、途中で楽しみを見つけて勉強をやめてしまうかもしれません。また、友達と勉強をしても「感情」が伴うような出来事がどれほど起こるでしょうか・・・。これほど、当てにならないものはありません。
また、一緒に勉強をする友達が真面目な友達ならいいのですが、全ての人が共に勉強をする理想の友達を持っているわけではないでしょう。
一緒に学ぶ友達に依存している時点で、学習の「質」は友達に左右されてしまうのです。これでは、最良の学習とは言えません。
そもそも、「自分の大切な人が死んでしまったら・・・」のような「感情」を伴う出来事など自分自身でコントロールすることは出来るはずもありません。
そのため、メインの記憶術として学習に「感情」を利用するのははっきり言って不可能なのです。
「感情」のリンクを学習に利用するために人と積極的に関わる必要はありません。勉強は基本的には自分との戦いであり、1人なのです。
学生時代に人と関わる重要性は、「協調性」や「コミュニケーション能力」、「思いやり」など学習面とは別のものを育むことの方が大きいのです。
学習面においては「モチベーション」の維持だけだと割り切るべきです。友達やライバルと切磋琢磨したり、好きな人と勉強が出来たり、教えあうことで刺激を感じなければ何の面白味もない勉強を16年もやってられません。ただし、そのような気分転換は学校だけにしましょう。平日に毎日6時間以上も友達と関われば十分です。友達とそんなに長い時間毎日いられるなんて社会人からしたら、幸せ過ぎる贅沢です。学校が終われば、気持ちを切り替えて「独学」に専念しなければなりません。
一人で学習できる精神力、忍耐力を身につけることが出来なければ、周りの人達を圧倒する学力は身につきません。
友達と勉強をしたほうが楽しいからといって一人で学習することから逃げないでください。自分との闘いから逃げ続けていては成長がありません。
勉強法を極め、効率性が高まっていくほど「独学」こそが最強であることが理解できるようになります。なぜなら、他人に左右されることなく、常に自分自身の最速のスピードで学習が出来るからです。
次回は人と関わらなくても「記憶」と「感情」をリンクさせ学習に利用するテクニックを世界記憶力選手権チャンピオンから学びます。