田川市の学習塾。超効率的勉強法を追求する岳伸塾

暗記術の極意⑤ 「書く」とは何かを理解する

今までに、情報を記憶する手段として「書く」という方法に頼ってきた人も多いのではないでしょうか?
岳伸流暗記術の極意に、わざわざ入れているのは、これを理解することが非常に重要だからなのです。「書く」という方法を臨機応変に使い分けることが出来れば、暗記は非常に楽になります。
「書く」ということの本当の意味を理解しましょう。あなたの学習効率は飛躍的に向上するはずです。

まず、「書く」という方法は暗記において非常に非効率な方法だということを理解しなければなりません。
なぜなら、「書く」行為そのものに時間がかかるからです。岳伸流暗記術の基本は「超高速回転」だと言いましたね。特に岳伸塾では回転よりも速度を重視しています。時間がかかればかかるほど、その間、忘却が起こり回転数が上がらないため、記憶を強化するのに大変苦労することになります。

では、非効率にも関わらず、なぜ「書く」という方法で覚えようとする人たちが絶えないのでしょうか・・・。

それは「書く」という行為そのものについて、深く理解していないばかりでなく、理解しようともしていないことが原因です。また、記憶についての知識が不足している場合、その事について熟考する基礎知識が決定的に足りていなのです。

また、達成感があるからかもしれません。頭の回転だけで覚えるよりも、指を使うので指が痛くなりますし(タコができるかもしれません)、精神的にも肉体的にも疲弊します。
苦労してようやく手に入れた記憶。何だか体で覚えた気がしますよね?

聞いたことがありませんか?「体で覚えなさい」と。おそらく、これは感覚的なものなんだと思います。もちろん、現実的にはありえません。あえて言わせてもらえば、「情報は頭で覚えるものです

岳伸塾では基本的に「書いて覚える」ということはしません。感覚的なもので申し訳ないのですが、割合的に言えば8:2とか9:1くらいになるのではないでしょうか?それくらい、書いて覚えないのです。

しかし、それは裏を返せば「書く」ことの大切さを知っているからこそ、必要な時にしか行わないだけなのです。

私は、全ての学生に同じようになってもらいたいと思っています。

それでは、「書く」という方法は、どのようにして記憶を強化しているのか理解していきましょう。

「書く」というのは見ながら書けば、視覚からのインプットになり、見ないで頭の中の記憶から思い出して書けばアウトプットになり、その後に視覚からのインプットとなります。

記憶に作用するのはこれだけだと私は考えています。ですので、ここの理解は非常に重要です。

「書く」行為そのものに時間がかかるのにインプットばかり繰り返しているのはあまりにも馬鹿げています。しかし、大勢の子ども達が平気でこれを行っているのです。

例えば、「黒板をそのまま丸ごと写す」「英マラや漢マラで消える化を行わずアウトプットをしない」「何度も同じ、文字をひたすら書く」・・・・間違った勉強法が実に横行しているのが事実です。

たとえ、書くためにアウトプットをしたとしても頭の回転だけでアウトプットをするのに比べ何倍も速度に差が出てきてしまいます。アウトプット後に情報を視覚からインプットすることは記憶を強化するという点においてはおまけのようなものです。

どこにメリットがあるのでしょうか?・・・ないのです。

記憶を強化するという点では、頭の回転だけでアウトプットをした場合に比べると、メリットは一つもありません。

しかし、私は「書く」ことの大切さを知っていると言いましたね。「書く」という行為が唯一、優れている点は記憶の強化ではなく「再現性」です。

頭の中でアウトプットしていることを「書く」ことによって再現され、正しく合っているのか確認が出来るという点に尽きます。

岳伸塾では原則「書いて覚えません」。その考えのもと各自が適切に判断し、「今、アウトプットした情報は、鮮明で確実なものかどうか」を問い、必要に応じて「書いて確認する」のです。

この「確認」するというのがポイントです。

少し考えてみてください。例えば、次の単語を覚えるときは「書く」方がいいでしょうか?

cat、 pen、 buy、 play など・・・。これらは十分、頭の中で再現可能です。

私なら絶対に書かせて覚えさせません。むしろ、出来ないというのなら頭の中だけでアウトプットし鮮明に再現する練習をさせます。

次の単語はどうでしょうか?

library、interested、exercise、boughtなど・・・。これらは、書いて覚えたほうが良いと思います。

しかし、私はいくら長い単語だとしてもいきなり書かせません。ある程度の記憶の土台を作るのです。
つまり、日本語訳から英語に変換するアウトプットで回転させたり、ローマ字変換(岳伸塾ではそう呼んでいます)などをして予め簡単な「関連付け」をしておきます。
出来るだけ、書く回数を抑えて覚える努力をするのです。こういったことも、考えさせる力が付きます。

ある程度、書いて記憶が強化されたら、長い単語でも頭の中だけでアウトプットができる様になります。そうなれば、「書く」必要がなくなり、高速回転で記憶を高めていけるのです。もし、気になるのであれば、たまに合ってるかテストをすれば良いでしょう。書いて書いて書きまくる事はありません。

書くという行為は頭の中では完全に再現できない場合のみ行うべきです。頭の中で完全に再現が出来るのであれば、これほど速くアウトプットをする方法はありません。極めれば極めるほど、高速になっていきます。

「書く」事は時に大切です。しかし、非効率な方法だと言う事をしっかりと自覚してください。そして、しっかりと必要性を見極めて利用してもらいたいと思います。

知識は体で覚えるものではない。頭で覚えるものだ。

<もっと考察。指を動かす刺激が記憶を強めているのか?>

私は「『書く』というのは見ながら書けば、視覚からのインプットになり、見ないで頭の中の記憶から思い出して書けばアウトプットになり、その後に視覚からのインプットとなります」といいました。では、手の感覚による触覚や筋肉を動かす事は記憶を強化するのかと言う問題について考察してみたいと思います。

鉛筆やシャープペンシルを持ったときの触覚について言えば、記憶と結びつくような要素は一切ありません。どんなことを覚えるときも全く同じ感触です。ですので、筋肉を動かす事が記憶と結びつくのかに絞る事ができます。

「書く」時、どのようなことが行われているのか・・・。まず、始めに頭の中で形をイメージし、その形になるよう筋肉を動かしていきます。この時に、頭の中で形をイメージしているのがアウトプットにあたるのです。私はこの時に、記憶が強化されていると考えています。その後の、筋肉の動きは記憶には直接関係しません。

筋肉を動かすたびに、記憶を蓄積していけば、頭の中の情報量は大変な量になります。そもそも、「書く」際の筋肉の動きは、覚える情報に応じてそれほど変わりません。記憶との「関連付け」が行われるとは考えにくいのです。私たちは記憶として保持している情報を「書く」際、筋肉を動かす前に形のイメージができています。それを思い出して、覚えているに過ぎないのです。

手がどんな動きをしているか意識しないで、機械で何かの文字の通りに手を何度も何度も字を動かしても、その文字を覚えることはないでしょう。その形を頭の中でイメージして初めて記憶に繋がるのです。

ところで、私は塾の仕事の他にプログラマーをしています。プログラミング言語には多くの言語があり、経験したものだけでもHTML、CSS、Javascript、PHP、Java、ActionScriptなどがあります。各言語の書籍は基礎の本でも学校の教科書など問題にならないくらい分厚く辞書みたいなものばかりです。私は、独学で学んだのですが書いて覚えたことは一度もありません。全てタイピングによるものです。どれだけ本を読んで理解していっても、コードは一向に書けるようにはなりませんでした。しかし、分からないなら分からないなりに、実際にアウトプットしてコードを入力していったのです。すると、途端にプログラミングの理解が深まっていき、気付けば真っ白なファイルから何百何千行ものファイルをもう数え切れないほど作っていました。

ほかのプログラマーの人達はどうなのか良く知りませんが、コードを紙に書いて覚えている人はほとんどいないと思います。そもそも、紙にコードを書いてもエラーを吐き出してくれません。プログラミングソフトに直接、打ち込んでいけばデバッグをしたり表示確認をしながらアウトプットができます。そうやって、実践を通して覚えていっているのではないでしょうか?

書かなくても、タイピングだけで覚えたのです。これは「筋肉の動きが違っても問題ない」と言う事です。しかも、このタイピングをするという行為は「書く」ことのメリットをほぼ兼ねています。見なければアウトプットができますし、合っているか目で見て確認もできます。しかも、ソフトによっては正誤判定までしてくれますし、ゲーム感覚で楽しく学べるものもあります。ブラインドタッチができる人にとっては、「書く」よりも速くタイピングする事ができ、同じ時間でよりたくさんのアウトプットを行うことが出来るのです。英語のスペルであれば、タイピングのほうが「書く」よりも優れているのではないでしょうか?

ところで、「普段、パソコンを使っているので漢字が覚えられない」と言う人がいます。それは英語のスペルと漢字とでは決定的な差があるからです。漢字はパソコンの変換機能を使います。つまり、使用者ではなくパソコンがアウトプットを行い、アウトプットの機会を奪うから覚えられないのです。さらに、注目すべきなのはパソコンが漢字を変換した後に取る行動です。私たちは通常、パソコンの変換機能を使った場合には誤変換がないか確認をします。つまり、目で見て確認し、インプットをしているのです。これらのことはアウトプットの重要性とインプットではなかなか覚えられないということも同時に示してくれています。

私は「書く」ことによる筋肉の動きが、記憶に関連するとは思えません。「書く」ことに捉われすぎずに、もっと自由に効率的なアウトプットが出来る方法を考えてください。

<もっと考察 体で覚えるとは>

世の中には、もちろん体を動かさなければ覚えられないものもあります。

例えば、野球のピッチングフォームやバッティングフォームなどは、何度も何度も実際に体を動かし、「体で覚える」ほかありません。微妙な筋肉の動きなどは実際に行わなければ、頭の中では完全に再現できません

素振り一つをとってみてもプロ野球の選手は何十年も野球人生が終わるまで、何度も何度も行い、力加減やバランス、立ち位置などフォームの調整や改善を続けていきます。イメージトレーニングだけを行う人は1人もいません。

私はこれこそが「体で覚える」「体に染み込ませる」という表現にふさわしいと考えています。1つの事をマスターするために多大な時間を割いているのです。勉強で毎回毎回それを持ち込んでいたら、時間がいくらあっても足りません。

勉強に必要な記憶は「体で覚える」などという大げさな表現が必要なレベルとは違います。ほとんどの内容は頭の中で行う回転だけで覚えることばかりなのです。

いろんな意味でも、勉強は体ではなく頭を使っていきましょう。

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